伊平屋に渡った屋蔵大主の系譜
どんな伝承か
屋蔵大主は天孫子の裔で、英祖の五男である島尻世主大里按司の三男、上与座按司の次男にあたる。英祖から四代目の玉城王が酒色に溺れて国が乱れ、中山・北山・南山が並び立つと、上与座按司は兄の南山大里按司に王を諫めよと進言した。兄は怒って弟を殺す。その次男の屋蔵大主は、我喜屋が上里村と呼ばれたころ伊平屋島へ渡って上里に耕地を求め、高倉八つを建てて穀物を蓄え、その地を屋蔵敷地と称した。二男三女をもうけ、長男は鮫川大主、次男は上里按司、娘は我喜屋の祝女となった。のちに伊是名城を築いて長男に伊是名島を治めさせ、伊平屋は次男に継がせ、没後は我喜屋のヤクラ海岸の洞窟の屋蔵墓に葬られたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第15巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第15巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全185話(奄美・沖縄=南西諸島)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。