配所を脱けた俊寛の菩提碑
どんな伝承か
下名には俊寛僧都の菩提碑と呼ばれる石が残る。喜界島へ流された俊寛は、家の子である有王丸にひそかに助け出され、配所を抜けて海路で都をめざしたという。ところが旅の途中で病を得て、荘の津で船を降り、山内寺に身を寄せたまま世を去った。碑は碑句が咎められて建立を許されず、実際に建てられたのは延宝五年のことだと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。