徐福伝説
どんな伝承か
一説に、昔、秦の徐福が始皇の命を受けて不死の薬を求めたとき、初め冠嶽に至って王冠を留め、また此処へ来て紫の紐を遺したので、この山を紫尾山というようになったと伝える(『三国名勝図会』)。
原典より
一説に昔し、秦の徐福始皇の命を受て、不死の薬を求し時、初め冠嶽に至りて、王冠を留め、又爰に来て、紫の紐を貽せしより、此山(紫尾山)となると云へり (『三国名勝図会』)〔類話〕○串木野市 冠岳・・・支那の王が来朝して、一番…—— 日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。