日暮長者
どんな伝承か
足利末期のころ、今の川内駅の南西にある小丘、俗に日暮ヶ岡と呼ぶ地に日暮長左衛門という長者が住み、川内七ヶ町村の富を集めていた。妻の柳御前は宮里の清水から嫁いだ才色兼備の賢夫人で、花若丸と北の御方という二人の子があった。ところが毒婦お熊の讒言で柳御前は離縁され、家来の横渕左近允とお熊が長者の留守に姉弟を虐げ、鳥追いの労役を強いた。姉弟は宮里の母を訪ねるのを唯一の慰めとし、母は隈之城川が川内川に注ぐ渡し場まで送るのが常だった。責め苦に耐えかねた二人はついに逃げ出し、平佐河畔の青黒くよどんだ渕に抱き合って身を投げる。姉は十六、弟は十四であった。母子が別れを惜しんだ所が今の母逢橋だという。
原典より
時代は明らかでないが、確か足利末期と推定し得られる。—— 日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第14巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第14巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全75話(熊本・宮崎・鹿児島=南九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。