八並長者
どんな伝承か
柚比村に八並という長者がいた。隣村の園部にかけて広い領地をもち権勢並ぶ者もなかったが、子がなかった。領内には長者の叔母の君代が住み、貧しいながら男女十二人ずつの子に恵まれていた。秋祭に招かれた長者は、立花の叔母の屋敷までの七町余の道に千両箱を並べ、その上を歩いて訪ねた。二十四人の子に迎えられ「千の倉より子が宝」と羨むと、君代は百姓を大事にし木の神をあがめよと教えた。長者は荒穂宮を建てて祈り、世継ぎと娘を得た。娘は柳河の長者にこし入れしたが両家が争って追い返され、赤児を抱いてさまようまま姿を消した。古井戸から赤児の泣き声がし、長者が降りてみると金色の観音が乳呑児を抱いて鎮座していた。長者は観音堂を建て、これが子授け・乳授けの太田山安生寺のはじまりという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。