八並長者
どんな伝承か
八並長者の類話。夜須町の里にはかつて八並長者が住んでおり、その邸の灰塚が八並の畑の中にあり、長者の井戸が竹藪の中に残っている。近くには長者町の地名も伝わる。ある時大水で下原の池の堤が切れそうになった際、長者は味噌で堤を築いたといい、これが「味噌堤」の名の由来とされる。土質が味噌に似ていたためという説もある。ある年の大晦日、妻が出した蕎麦を足蹴にしたことから長者の家運は衰えたと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第13巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第13巻』所収の「文化叙事伝説」全35話(福岡・大分・佐賀・長崎=北九州)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。