日本武尊の足跡
どんな伝承か
御坂峠を越えて甲斐へ入った日本武尊は、今の桂野のあたりに強力な土賊がいたため、長く逗留したと伝わる。その逗留の地が現在の新上宿で、部落の公民館が建つ場所は長塚といい、逗留中に死去した武将を葬った地だという。この部落に弦間の姓が多いのは、その折に武功のあった将が尊から弦間の姓を賜ったことに始まると語り伝えられている。尊はその後、桂野を避けて南の山へ路をとり、斧で道を切り開きながら花鳥山の麓、今の神有の地へ進んだと土地の人は言い伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第5巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第5巻』所収の「文化叙事伝説」全104話(千葉・山梨・神奈川・埼玉・東京=関東甲信)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。