弘法桜
どんな伝承か
大同三年、弘法大師が用材を調べるため山を歩くおりはいつも桜の杖を突いていたが、山から下りて来て石野辺でその杖を地面に挿した。すると不思議にも杖から芽が生じ、しだいに繁茂して花が咲いた。人々は喜んで、誰言うとなくこれを世の中桜と呼ぶようになった。この桜は枝が東西南北に出ていて枝ごとに花の多寡が異なり、花の多い枝が指す方角は豊作、花の少ない枝の方角は不作と古来言い伝えられている。
原典より
<高木―「安国寺の桜」柳田―「杖桜」>大同三年、弘法大師が用材をお調べになるため、山をお歩きになるおりは、いつも桜の杖を突いておいででしたが、山から下りて来られて、石野辺で持っておられた杖を地面におさしになった。—— 日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。