河戸の堰に立った人柱と母の祟り
どんな伝承か
昔、長宗我部元親の川奉行であった宿毛甚左衛門という者が、松田川の河戸に堰を築こうとしたが、なかなかうまくゆかず、人柱を立てることになった。この附近にいた親子の百姓のうち息子が、縞着物の横継ぎをしている者を人柱に立てよと言い出したが、自分がその着物を着ていたため、そのまま人柱に立てられた。その母親は悲しみ、後に河戸に身を投げて死んだ。その亡霊が河戸のみさきとなって祟るようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第12巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第12巻』所収の「文化叙事伝説」全139話(香川・徳島・愛媛・高知=四国)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。