久米田池への文使い
どんな伝承か
七二五年、僧行基は川の少ないこの地の農民が日照りに困窮するのを憐れみ、橘諸兄の協力を得て久米田池をつくり、七三八年十月、三か年を経て完成させたという。長い池づくりに駆り出された人びとの茶菓の接待のため、村々から村娘が集められ、田治米村の平治の娘もその一人として働いた。工事が終わり、労苦に報いようと橘諸兄が何か欲しいものはないかと問うと、娘はこの池がほしいと言うなり身をひるがえして池に飛び込み、竜となったという。今でも平治の井戸が水をたたえるかぎり、この池の水も涸れないという。ある秋の夜、暴風雨を心配した若者が池を見廻りに行くと、池の面に竜が現れて暴れ回るのを見て逃げ帰った。朝、村人と様子を見に行くと池底から大木の巨根が出ていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。