兼高の大蛇退治
どんな伝承か
昔の山室の里は低い所が沼や池となり、池には雌雄の大蛇がいて折々人を呑んだので、村人は逃げ去り村は荒れ果てた。伯耆の国から来て四五百の森に住んでいた式部兼高という武士は、大蛇さえ退治すればりっぱな村になると考え、山室へ向かった。東の小桑の池に近づくと狙われる気配がしたので大木の洞穴に隠れ、素戔鳴命と奥山の観世音に一心に祈った。すると赤子二人をくわえた獅子頭が空から降り、獅子頭をかぶって赤子を東西の池へ投げ入れよ、赤子は大蛇に毒だとの声がした。兼高はその通りにし、西の尾沢の池では空井戸に隠れて難を逃れた。建暦二年三月十五日と十八日に見に行くと、両方の大蛇は腹を上にして浮いて死んでいた。里人は帰り、兼高は八雲神社と妙薬寺の観音堂を建てて礼をした。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。