阿漕平次
どんな伝承か
阿漕の片辺に住む平次という漁夫は、病の母のため妙薬という矢柄という魚を求めた。だが矢柄は御贄所である深海の底にしかおらず、そこは殺生禁断の海だった。法を破って母を生かすか、母を殺して法を守るかと孝子の心は寸断の思いであった。日が経ヶ峰に没して人影の絶えた頃、平次は舟を漕ぎ出して心ならずも禁漁の海に網を入れ、巡警の舟に捕われた。役人は孝子の陳弁も容れず、定法の通り生きながら簀巻にして石の重りをくくりつけ、阿漕の海底に沈めた。それは七月十六日のことで、翌年からその夜になると浦辺に人のすすり泣く声が聞こえ、岩田橋にたたずむと網を引く声が遥かに聞こえたという。誰かが浦近くに平次の塚を築いて弔い、その日は漁を休むことになった。
原典より
○伝承地 三重県津市柳山津興(通称・平治町)昔阿漕の片辺に住む、平次という心やさしい漁夫が、貧しい生活をしていた。—— 日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第9巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第9巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全100話(奈良・大阪・和歌山・三重=近畿南部/紀伊)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。