八朔の雛祭
どんな伝承か
雛祭は三月三日の桃の節供に飾るのがならわしだが、室津では八月一日に行う。今からおよそ四百年の昔、年号は永禄九年。桃の節供に播州室津の城山城で、城主浦上村宗の孫、宗景の嫁取りがあり盛大な酒盛りが開かれていた。港の漁師たちも心から祝いの言葉を交わしていたその最中、鬨の声とともに龍野城主赤松秀政らの軍勢二千騎あまりが不意討ちに斬り込んできた。めでたい席はたちまち血に染まり、宗景の奥方らは敵と戦ったが敵わず自害して果てた。この悲しい出来事から、室津では三月の節供を避けて八月一日に雛祭をする風習が続き、桃ではなく梅を植えて、今も梅林の名所として知られている。
原典より
「なぜ、八月におひなさまをまつるの?」「春におまつりしないで、おかしいねー」雛祭といえば、三月三日の桃の節供にかざるならわしです。—— 日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第8巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第8巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全133話(滋賀・京都・兵庫=近畿)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。