藤原師長と琵琶
どんな伝承か
治承三年十一月、高倉天皇のとき、太政大臣藤原師長が罪を得て尾張井戸田の里へ流された。やがて許されて都へ帰るとき、かねて愛していたこの里の横江某の娘に、形見として白菊という名の琵琶と、自分の守り本尊の弁財天像を与えて旅立った。残された娘は忘れかね、琵琶島のあたりまで追ってきたが、悲しみのあまり形見を抱いて近くの川へ身を投げて死んだ。土地の人がその心根をあわれんで、ここに弁財天をまつった。いまも西枇杷島町小場塚新田に残るのがそれである。娘は投身の前に「四つの緒のしらべにかけて三瀬川沈みはてしと君につたへよ」と詠んだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第7巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全97話(愛知・岐阜・長野・静岡=中部)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。