駿河塚
どんな伝承か
西春日井郡新川町大字須ヶ口、清洲街道の松並木のなかに駿河塚がある。永禄三年五月、桶狭間の戦で今川義元を討ち取った織田信長は、その首をここにさらした。のち数十人の僧を付き添わせて首を丁重に駿河まで送り届け、あわせて塚を築き、千部の経を読ませ大卒塔婆を立てるなど盛大な法事を営んで義元の霊を厚く慰めたという。塚の近くには首実検の松と呼ぶ松もあった。周囲十かかえ、根元から七本の枝が出た見事な木だったが、天保八年八月の暴風で倒れてしまったと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・昭和三十六年(1961)刊)
尾張・三河(愛知県)に伝わる伝説を山/海/水/給水・雨乞/地蔵・観音/石・岩/城跡・屋敷跡/塚・墓/地名/動物・変化/植物/祟り・怨霊/山人・巨人/社寺/その他の15章に分類して集成する。尾張富士の背くらべ、女人禁制の山、河童・狐狸の変化、雨乞いの淵、戦死者の塚や落人伝説、社寺の縁起や地名の由来など、愛知の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地名つきで網羅する。