円福寺縁起
どんな伝承か
春日井市白山町の勝嶽山円福寺は、本尊を阿弥陀如来と十一面観世音とする。観音堂の草創は養老七年、伊勢国安濃津(阿漕浦)の船師益直の開基と伝える。『尾張名所図会』などによれば、伊勢阿漕浦の商人益直が養老七年に下津の湊に泊まり、早朝に窓から東を見ると、内津山の麓に怪しい雲が立ち、五色の光が空にたなびいていた。光を追ってゆくと松島の田の中で十一面観世音の霊像を見つけた。船に乗せて伊勢へ引き返したが、湊近くになっても岸に着かず、像も重くて動かない。その夜の夢に黄衣の僧が現れ、わが本国の松ごの島は仏地である、なぜ他境に移そうとするのか、すぐ本国に帰せと告げた。そこで尾張に返し、もとの松島のあたりに三間四面の堂を建てて安置した。はじめ縁福寺と名づけたが、神亀五年に行基がこの山に来て円福寺の額を掲げてから今の文字に改めたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第7巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全97話(愛知・岐阜・長野・静岡=中部)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。