円入寺の堂に見下ろされた集落
どんな伝承か
東清水町は昔、清水町と堂の下という二つの集落に分かれていた。堂の下は今の字中川原のあたりで、市道から三十メートルほど東に山岸利左ヱ門の屋敷跡があり、いまは田畑になっている。利左ヱ門が住み着いたころはこの一軒きりで、集落の名も無かった。河和田川をはさんだ北の高台には北中町の円入寺の堂が建ち、そこから真下に見下ろされる位置にあったため、いつしか堂の下と呼ばれるようになったという。利左ヱ門家の墓所は今も残っている。
原典より
東清水町はその昔、清水町と堂の下との二つの部落に分かれていた。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。