余加を開いた中村の有平
どんな伝承か
北中・寺中・清水町の三つは、もとは一つの村で余加と呼ばれていたという。これを開いたのは中村の有平という人物で、山城の生まれであったが、実の母を亡くしたのち隆澄郷とともに河和田へ入り、今の北中の地に腰を据えたと伝えられる。従って来た者が六人いたが、その名は分かっていない。当時の家は七戸で、村では愛宕神社を氏神として祀っていた。この社が現在の八幡神社にあたる。河川の改修の際には古い井戸の跡が現れ、住まいがあったことが確かめられた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。