五郎丸の起源
どんな伝承か
五郎丸の名は、舟津神社の社家の名を取ったものといわれる。舟津神社は由緒も古く社地も多い越前屈指の大社で、社家は二十家、うち八家が五郎丸に、十二家が上鯖江にあったと同社の記録にある。当時、舟津神社は下宮と呼ばれて五郎丸の西方の田の中に鎮座し、上鯖江には上宮の御板神社があった。のちに二社を王山のふもとに合祀したという。また、五郎丸という力士が住んでいたからだとの説も伝わる。神門建築の際には材木がどうしても動かず、舟津明神が檜笠をかぶり竹の杖をついて現れ、「この人数の中に重服の者がある、これを除けば動かせる」と告げて姿を消し、社殿に杖と笠が残っていたので、その地を住笠庄と名づけたとも伝える。
原典より
五郎丸の名称は、舟津神社の社家の名を取ったものといわれている。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。