住吉町の由来
どんな伝承か
住吉町は、もと桜町とともに西鯖江の一部で、昭和四十年の国勢調査当時は四十戸足らずの田園地帯であった。その後二、三年で百数十戸にふくれあがり、独立の声が上がる。昭和四十三年二月二十二日、西鯖江の班長らが副区長宅に集まって新町名を審議し、「住みよい町」の意から住吉町と決した。翌日から各戸を訪ねて賛否をまとめたところ、賛成一〇三戸、わからない二戸、保留一戸であったという。市議会の議決を経て同年七月一日、従来の西鯖江町・有定町を廃して住吉町が発足。同四十四年一月十二日には桜町からも分離独立し、四十六年一月には三百二十戸を数えた。
原典より
住吉町は、もと桜町とともに西鯖江の一部であって、昭和四十年の国勢調査当時は、四十戸足らずの田園地帯であった。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。