新村の起源
どんな伝承か
新村はその名の示すとおり、天正年間に新しくできた村である。草分けは福岡新兵衛家で、その祖先は一乗谷城主朝倉義景に仕えた福岡石見守であった。一乗谷落城の折、石見守は義景の三女・四女を保護して逃れたが、坂井郡鳴鹿村で土着民百四、五十人の襲撃を受けて戦死した。姫二人は難を逃れ、三女は京都東本願寺の初代管長教如上人の裏方となり、四女は比丘尼となって鯖江町長泉寺の摂生寺に入った。石見守の子息龍田は浪人となり、その子が領主長谷部藤五郎に願い出て砂河原一帯をもらい受けて開拓した。住民も新しく入ったので領主から「新村」の称を受け、龍田の子は福岡新兵衛と命名されたという。
原典より
新村はその名の示すように新しくできた村である。—— 鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鯖江市史 史料編 第1巻(民俗編)――伝説(鯖江市(編)・鯖江市史・自治体史(民俗))
福井県鯖江市の地名にまつわる口承を、自然物(樹木)・岩石・山谷坂・池泉川・家屋敷・神社寺院祠堂・人物事件・霊異妖怪のカテゴリ別に網羅する。樹木では矢留めの一本杉、観音様の大杉、鐘鋳りの松、三峯の大いちょう、てんぐ松、柿の木と膳椀(膳椀貸し)、三度グリなど。