多田銀山に眠るという八兆円の埋蔵金
どんな伝承か
猪名川をさかのぼった先に多田銀山の跡がある。鎌倉のころから細々と銀を出し、秀吉の代に大きく掘られて栄えた山である。日本埋蔵金物語によれば、慶長三年、病床の秀吉は勘定奉行の幡野三郎光照へ軍資金の残りと金塊の始末を託し、石田三成と相談のうえ、大坂から遠からぬこの銀山が隠し場所に選ばれたという。以後、三成が関ヶ原の備えに掘り出し、大坂夏の陣の折には真田幸村が大判小判や棒状の金を運び出したと伝わる。明治以降も探索は続いたが、坑内の湧き水に阻まれて誰も掘り当てられず、水中の金庫と呼ばれてきた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本人物語5――秘められた世界(関敬吾(編)・日本人物語・昭和(民俗))
関敬吾編『日本人物語5―秘められた世界』。日本の生活文化に潜む秘密・境界・異界・怪異を主題別に集成する。