幼川のおさなの帯
どんな伝承か
五条川は、かつて幼川(稚川)と呼ばれていた。徳重の林證寺の裏手では、川がうねうねと曲がって三筋に分かれて見えたが、これはおさなという女が帯を引きずって歩いた跡だからだと言われた。この曲がりくねった流れは、昭和七年の改修工事で瀬替えされ、まっすぐな流路に改められた。
原典より
これは「おさな」という女が帯を引きずって歩いたからだという。—— 西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町の町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節をムラごとの十八項に分けて並べ、最後の項の五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。