地名の由来(前畑・観音堂・成田街道)
どんな伝承か
勝田の人々はもともと山の中に離ればなれに住み、薪を切るなどして暮らしていたらしい。元禄より前のことと聞くが、家の前の畑に台地を築いて田をこしらえ、やがて今の住まいの所は土が良いので小屋をどけて畑にしようということになり、一人、二人と崖を崩してそこへ充てていった。こうしてできた前の畑、つまり前畑は、道路の向こう側がすべてそうで、いつのまにか長老らの代にできあがったという。ほかに「観音堂」は観音様のあった所、「成田街道」は成田様が通った道だからその名があると語られる。
原典より
前の畑・前畑は、道路から向こうは、全部そうだけどね、それがいつか知らず、土地の長老かなんかの区代で出来ちゃった。—— 勝田の民俗――千葉県八千代市勝田(民俗調査報告 第8号・民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
勝田の民俗――千葉県八千代市勝田(民俗調査報告 第8号・民俗調査報告)
『勝田の民俗――千葉県八千代市勝田』は、民俗調査報告の第8号として勝田の民俗を調べた報告書のうち、「VII 口承文芸」の部分である。昔話・伝説・世間話・なぞの四節に分け、狐女房と女化神社の由来が結びついた昔話、親が汲むと酒になる「子は清水」や佐倉惣五郎の伝説、狐やムジナに化かされた話、狐憑き、神隠し、カマイタチ、幽霊、力石などの世間話を、話者からの聞き書きで収める。多くの話に話者名と生年を添え、狐女房と「子は清水」には解説を付す。