報還寺の薬師如来
どんな伝承か
岡の報還寺の薬師如来には、明治三十八年に住職の青山大円が書き残した由来がある。それによれば、この辺りがまだ海だったころ、薬師如来の像が漁師の網にかかって引き上げられ、これを祀ったのが始まりだという。のちの慶長年間に疫病が流行し、村人が薬師如来に祈ると病がぴたりとやんだので、報還寺を建てて像を移したとされる。またある時、尾張の殿様が鷹狩りの途中にこの寺で休み、あまりの荒れように葵の紋の入った鉢を寄進した。以来、寺の僧はその鉢を携えて尾張の領内を托鉢して回るようになったと伝わる。
原典より
それによると、むかしこの辺りまで海であったころ、薬師如来像が漁民の網にかかって引き揚げられ、それを祀ったのが始まりといわれる。—— 西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異(西春町(編)・西春町史)
『西春町史 民俗編2――霊と神・祈禱・怪異』は、西春町の町史の民俗編である。九之坪・岡・沖村・石橋など町内の各ムラに残る御嶽山や塚、堂、小祠、石塔、家の神、祈禱師、祈願と参詣、霊威と祟り、狐や狸の怪異と憑きものを、聞き書きと『徇行記』や村絵図などの記録から記す。霊と神、祈願と参詣、霊威と怪異の三節に続けて、第十二章の伝説の節をムラごとの十八項に分けて並べ、最後の項の五条川の大蛇の目撃談で結ぶ。