大師の別れ言葉が残った伊深の道
どんな伝承か
伊深連絡所の前を東西に走る道は、俗におきゃれ畷、あるいはおけ縄手と呼ばれている。南北朝の暦応元年の秋、花園上皇の勅使一行に伴われて、長く伊深の里に住んだ無相大師が京へ発つことになった。別れを惜しむ村人たちがどこまでも見送ろうとするので、大師はおきゃれ、おきゃれと声をかけたという。その言葉がそのまま道の名になった。また大師が親しんできた笈を置いて出たため、村の者がそれを担いで追いかけたのを振り返り、おけ、おけと言って笈を記念に残した。それでおけ畷とも呼ぶのだと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史・自治体史(民俗))
『美濃加茂市史 民俗編』所収の伝説。岐阜県美濃加茂市の伊深・太田・蜂屋・三和ほか各地に伝わる口承を採録する。