出陣の杯を重ねた鬼武蔵の床几石
どんな伝承か
天正十年六月、鬼武蔵と呼ばれた兼山城主の森武蔵守長可は、兵を率いて木曽川べりを下り、米田城を攻めて肥田玄蕃を敗走させ、さらに牛が鼻城を落とした。勢いに乗った長可は、加治田城と堂洞城を攻め取ろうと太田に全軍を集める。そこで彼はしばらくのあいだ、木曽川のほとりの石を床几代わりにして休み、いななく馬をかたわらの樫の木につないだまま、出陣の杯を重ねて全軍の士気を鼓舞したと伝えられる。産業文化会館の西にある小公園の石と樫の木が、そのときのものだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史・自治体史(民俗))
『美濃加茂市史 民俗編』所収の伝説。岐阜県美濃加茂市の伊深・太田・蜂屋・三和ほか各地に伝わる口承を採録する。