子の病を言い当てた三峰山の女行者
どんな伝承か
大正四年の夏、横須賀の海軍機関学校で英語を教えていた浅野和三郎の子供が熱を出した。何人もの医者に診せても良くならないので、妻は夫に黙って、市内で「三峰山」と呼ばれる女行者のもとへ伺いを立てに行った。すると行者の診立ては的を射ており、子供はすべてその言葉どおりに治ったという。宗教や霊魂にまったく関心のなかった浅野は、この出来事に不思議を覚え、行者の力をあれこれ試すうちに、何らかの霊的な力があると認めざるをえなくなった。その年の暮れ、浅野はこの行者のもとで大本信者になった旧知の機関中佐に再会し、大本を訪ねる気持ちを抱くようになる。
原典より
色々な医者にかかったが快方に向かわないので、妻が浅野に内緒で市内の「三峰山」という女行者のところに伺いをたてにいくと、的確な診断が出てことごとくその言う通りになって治った、という。—— 鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学)
『鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論』は、津城寛文が著し、春秋社から刊行された宗教学の研究書である。本田親徳・出口王仁三郎・浅野和三郎・友清歓真・川面凡児・田中治吾平・宮地水位など、近代以降の神道界とその周辺に現れた鎮魂行法家の系譜をたどり、その鎮魂帰神説や霊魂観をシャーマニズム研究の観点から整理する。序章と全七章からなり、第一章で行法家の群像を描き、第七章では「宗教的身体境界」の考え方によって鎮魂行法を類型化する。