弁慶が菜を刻んだ牟礼の菜切り地蔵
どんな伝承か
源平の合戦のころ、牟礼にある地蔵の背を、弁慶が菜を刻む台に使ったと語られる。そのさまを見た義経が「弁慶がこしらえし菜は武蔵坊」と歌いかけたところ、弁慶はすかさず「それを知りながら九郎判官」と言い返したという。この地蔵は菜切り地蔵と呼ばれている。
原典より
源平合戦のおり、弁慶がこの地蔵の背中で菜を切ったという。—— 新編香川叢書 民俗篇――昔話と伝説(香川県(編)・新編香川叢書・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新編香川叢書 民俗篇――昔話と伝説(香川県(編)・新編香川叢書・自治体史(民俗))
香川県(讃岐)の昔話と伝説を網羅する。第一章昔話は、炭焼長者・天道さん金の鎖・狐女房・大歳の火・産神問答(虻にのみ/滝の宮のヨサの宮さん)・親棄山・童子丸・弘法機・継子話・お大師さんとぼた餅・物言う亀・米倉法師・猫又・こぶ取り爺・屁こき爺・蛇聟入・かにの報恩・浦島太郎・竜宮童子・肉付面・子育て幽霊・鷲の育て子・亀の聟入など五十九話を語り手付きで収める。