主の墓前で息絶えた名馬太夫黒の塚
どんな伝承か
屋島の合戦で、義経に従っていた佐藤継信が能登守教経の放った矢に射られて命を落とした。義経は深く嘆き、継信を手厚く葬ると、その葬祭料の代わりに自分の愛馬である太夫黒を志度寺へ贈った。ところが寺のうまやから馬の姿が消え、探すと継信の墓前で倒れて息絶えていたという。義経はこれを哀れみ、継信の墓のかたわらに塚を築いて馬を葬った。牟礼に残る太夫黒馬塚がそれである。
原典より
屋島の合戦のとき義経の家来佐藤継信は、能登守教経の矢先にかかって討死。—— 新編香川叢書 民俗篇――昔話と伝説(香川県(編)・新編香川叢書・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新編香川叢書 民俗篇――昔話と伝説(香川県(編)・新編香川叢書・自治体史(民俗))
香川県(讃岐)の昔話と伝説を網羅する。第一章昔話は、炭焼長者・天道さん金の鎖・狐女房・大歳の火・産神問答(虻にのみ/滝の宮のヨサの宮さん)・親棄山・童子丸・弘法機・継子話・お大師さんとぼた餅・物言う亀・米倉法師・猫又・こぶ取り爺・屁こき爺・蛇聟入・かにの報恩・浦島太郎・竜宮童子・肉付面・子育て幽霊・鷲の育て子・亀の聟入など五十九話を語り手付きで収める。