死してなお主人を江戸へ運んだ名馬鬼鹿毛
どんな伝承か
大和田宿の旧川越街道沿い、かつての町はずれに三面六臂の馬頭観音の石像が立ち、鬼鹿毛さまと呼ばれている。地元の言い伝えでは、昔、秩父の小栗某が江戸での急用のため愛馬鬼鹿毛に乗って街道を急いだ。川越、大井を過ぎ、大和田の宿の外れで鬼鹿毛は路上に張り出した松の根につまずき、主人もろとも倒れたが、すぐに起き上がって主人を江戸まで送り届けた。用を終えて戻ると馬の姿が無く、帰り道に倒れた場所で鬼鹿毛が息絶えているのを見つけた。名馬は倒れたときに死に、霊となって主人を運んだのだと知った小栗は、その霊を弔ってここに馬頭観音を建てたという。そばの鬼鹿毛松は文化六年の暴風で折れたと伝わる。
原典より
名馬鬼鹿毛は主人の急用を知り、倒れた後も亡霊になって走り続け、主人を江戸まで送りとどけたのでした。—— 新座市史 第4巻(民俗編)――伝説と昔話(新座市(編)・新座市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新座市史 第4巻(民俗編)――伝説と昔話(新座市(編)・新座市史)
『新座市史 第4巻(民俗編)――伝説と昔話』は、新座市が編んだ市史の民俗編のうち、第四章「伝説と昔話」にあたる部分である。野火止の地名と在原業平の東下りを結ぶ伝説を『伊勢物語』や『新編武蔵風土記稿』などの記録とあわせてたどり、妙音沢・かしらなし・小僧ヶ淵・強清水などの場所をめぐる話、観音や地蔵の霊験・縁起の話を取り上げる。節ごとに解説を置き、『こども広報にいざ』などに載った再話や古老からの聞き書きを引く。