奇人 七
どんな伝承か
勘七という人は大力の持ち主で、これを見て驚かない者はいなかったという。あるとき角力取りを馬に乗せて行く途中で言い争いになり、力自慢の勘七は角力取りと力比べをしようと、竹林の竹を折り曲げて褌のようなものを作り、それを角力取りにかぶせようとした。その光景を見た角力取りはすっかり怖れをなし、勘七に詫びたと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
相馬伝説集(寺田喜久(狂花)・相馬郷土研究・大正)
大正十一年、寺田喜久(狂花)が編んだ『相馬伝説集』。茨城・千葉にまたがる旧相馬郡(利根川流域=小文間・守谷・布川・布佐・藤代・横須賀など)の名勝・旧蹟・伝説を、△印で項目立てして地誌的に網羅する。最大の主役は平将門で、守谷町の朝日御殿・桔梗塚・佛島・日秀の石井戸など将門伝説群、その妾とされる桔梗の前の伝説を収める。