薬師如来が宿った影向の松
どんな伝承か
富士塚山には明治のころまで杉や松がこんもりと茂り、その中の塚の上に富士浅間神社が祀られていた。ご神木の松は子ども四、五人でも抱えきれないほどの太さで、「影向の松」と呼ばれた。その名の由来はこう伝わる。平将門の乱のとき下高津の常福寺も戦火で焼け、本尊の薬師如来は燃える炎から抜け出して雲に乗り、いずこかへ飛び去った。その夜から富士塚山の松のてっぺんが七色の光を放つので、村人が恐る恐る見上げると、薬師が枝に宿っていた。村人は焼け跡に仮のお堂を建てて薬師を安置し、浅間さまが薬師を救い出して導いたのだとあがめ、松を影向の松と呼ぶようになったという。
原典より
ところが、その夜から、富士塚山の松の木の天辺で、七色の光明を放って、あたりを照らすものがありました。—— 土浦市史 民俗編――伝説(土浦市(編)・土浦市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
土浦市史 民俗編――伝説(土浦市(編)・土浦市史)
『土浦市史 民俗編――伝説』は、市史の民俗編のうち第一節「土浦の伝説」と第二節「ことわざ」の冒頭を収める。首洗い井戸、狐の嫁入りや化かされ話、宍塚大池の大蛇、佐野子のカッパの手、弘法大師の石いもと照井、大聖寺の竜の爪、如宝寺の木食上人の入定など、市内の地名・寺社・池にまつわる伝説を、古老の話や市報・ふるさと運動の調査・資料館の調査・『東村誌』から引いて記す。各話に見出しを立て、ことわざは天候・動物などの題目ごとに番号を付けて掲げる。