太子堂のいわれ
どんな伝承か
昔、太子堂小学校のあるあたりは大きな湖になっていた。ある日、一人の漁師がこのあたりで舟を止めて投網を打っていたが、その日は一匹の魚もとれなかった。別の漁場へ向かおうとすると突然大風が吹き、たちまち元の場所まで流されてしまう。二度三度と試しても同じであった。疲れ果てて目を閉じ、しばらくして立ち上がったとき、水上に浮かんでいる木切れに目が止まった。拾い上げると、それは聖徳太子の像であった。漁師は像を家に持ち帰り神棚に祭ったところ、その家はよいことばかり続いたという。何百年か後、湖は開墾されて陸地となり、漁師の子孫が像を拾ったあたりにお堂を造って太子の像を安置したそうだ。
原典より
昔、太子堂小学校のあるあたりは、大きな湖になっていた。—— 利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
利根町史 第4巻(通史・民俗編)――民話と伝説(利根町(編)・利根町史・自治体史(民俗))
『利根町史 第4巻(通史・民俗編)』第一章所収の民話と伝説。茨城県利根町の文・布川・文間・東文間各地区に伝わる口承を採録する。