墓のない村でつづいていた水葬の遺習
どんな伝承か
鳥取県東伯郡湯梨浜町浅津にも墓がほとんどない。東郷池西岸のこの村では、昭和四十年代まで上と下に一ヵ所ずつあった野天の火葬場で遺体を焼いていた。四本の短い脚が付いた自然石の台に棺を置き、藁や薪を積んで一晩がかりで焼く。翌日、のどぼとけなど小部分の遺骨だけを竹筒に納めて遺族が持ち帰り、残りの骨は金梃などで細かく突き砕いて前の小川へまき散らした。骨は川から東郷池へ入る。香宝寺住職の上杉正之は、母も昭和四十年二月に同じ方法で送られたと語った。
原典より
両墓制と散骨殯とは何か文献に見える古代の殯第12章 陰陽師・安倍晴明の墓なぜ晴明の墓とされたか長野県・木曾山中の晴明の墓安倍晴明の実像は、ほとんどわからない末裔の墓は実在する—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)