渡し舟で出産した女性の話
どんな伝承か
儀礼をほとんど欠く出産もあった。ミナオシと呼ばれた非定住の箕作りたちは、産屋籠もりも安産祈願も無縁であった。松島ヒロは一〇人の子をすべて一人で取り上げ、へその緒も自分で切っている。須藤勝次の母シマも三人の男性とのあいだに七人を産み、いずれも人の手を借りなかった。昭和二年ごろ第六子を産んだ折り、シマは栃木県塩谷町佐貫の観音岩洞窟を引き払って移った蟹沢の小屋へ帰ろうと、臨月の腹で鬼怒川の渡し舟に乗り、その舟の中で女児を産み落としたと伝えられる。
原典より
花見潟墓地遺骨は穴に投げ入れる両墓制と散骨殯とは何か文献に見える古代の殯—— 村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
村の奇譚 ― 里の遺風(筒井功・民俗・地誌・現代)