幼馴染が幽霊と立噺
どんな伝承か
画家の五彫が語った話である。彼の生まれは前橋で、同地の旧家に同い年の男子がいた。五彫は父が四十二歳のときの子であったため忌まれ、生まれてすぐ里子に出されて拾い親に育てられたが、その家の乳を分けてもらった縁で、十二、三歳ごろまでその男と兄弟同然に親しく交わっていた。五彫が十三歳で東京へ出てからは長く会わず疎遠になっていたが、明治十六年の夏、郊外を散歩中に偶然その男に出会う。男は脚気で衰弱しており、転地療養から一時帰宅したのだと語った。別れて夕刻家に帰ると、前橋から男の死を知らせる手紙が届いていた。死んだのは前夜のことだといい、今朝出会ったのはその幽霊だったのかと、五彫は寒気を覚えたという。
原典より
画工五彫氏談に『予が産地は前橋なるが、同地の旧家にて余と同齢の男子某あり、予は父が四十二歳の時生れしより、直に捨てさせられ(俗に四十二の二つ子と称し、四十二歳の人の子は忌みあふといふに依る)其の父を拾ひ親と定めし事あり)…—— 幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
幽霊は語る(梶天真・幽霊研究・大正〜昭和(戦前))