兵庫村・弁慶の胴分割
どんな伝承か
坂井郡兵庫村のいまめ山と大森とにある二つの岡は、弁慶がもっこで運んだ土でできたものだという。大森の下には弁慶の胸から上が、井向の今仰堂の下には腹から下が埋まっていると伝える。原典の著者はこれを巨人埋葬伝説における死体分解の一例と見て、衣川の合戦で死んだという伝えとどう関係するのかと問い、この内容は二つ以上の要素が複融したものと見るべきだと述べている。自ら土を運んだ場所であることと、そこに埋められていることとは、本来別々のことだからである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(福井縣鄕土誌・昭和初期(1920年代~1930年代推定))