頼朝の落ち延びが生んだ地名の数々
どんな伝承か
白子町内には源頼朝にちなむ地名として、駒止橋、明石原、御殿山、高根村の四か所が伝わる。石橋山の戦いに敗れて安房へ逃れ、さらに上総へ渡った頼朝が中里上の台を通りかかったとき、乗っていた馬が倒れたので駒止の橋と呼ばれ、そばには観音が祀られた。そこから五百メートルほど北、今の白子中学校のあたりで夜が明けたので明石原の名がついたという。頼朝は治承四年ごろ御殿山に居所を置いてしばらくとどまり、北高根八幡社を建てて近郷から将兵を集め、戦勝を祈ったのち、富士の高嶺を指して高根高根と呼びながら出立したので高根村と呼ぶようになったと伝える。
原典より
此処から約五百米の北方現在の白子中学校附近を明石原と称し此処で夜が明けたのでこの名称がついたとの伝説である。—— 白子町史 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
白子町史
『白子町史』は、千葉県白子町の歴史を記した町史である。一ノ荘、五井、驚村、南白亀、観音堂などの地名の由来、源頼朝の駒止橋や御殿山の伝説、宝暦の新川開鑿、驚獅子の雨乞い、田辺万吾や皆川検校の事績、お塚山の伝承を、由来記や家の文書、村誌を引いて記す。地名と伝説を十三の項に分けて述べ、続く第五節には常福寺のらかんまきや白子神社のなぎなどの天然記念物を図とともに載せる。