五位の名から起こった五井の地名
どんな伝承か
五井という地名の由来は二通りに伝わる。五井熊野神社の由来記では、昔田辺という者が信仰する熊野権現の木像を携えて川辺の野山を開墾したが、洪水に悩まされて新しい屋敷地へ移り、のちに九十九里の浜で漁業を営んだという。五井の田辺家の文書では、山背大兄王の家臣で従五位の三成が、丹後国熊野郡田辺村から大化のころ関東へ下り、この地に住みついたとする。三成は自らの位階から村を五位村と名づけ、郡を熊野郡と呼び、故郷の村名を姓として田辺を名乗った。その地は今の五井字古屋敷で、三成の奉じた熊野大神を氏神として開墾を進めたが、広瀬川の水害が絶えず、一族は氏神とともに新たな土地へ移ったと伝える。
原典より
三成はこの地名を自分の位階の従五位の五位をとって、五位村とし郡名は熊野郡とした。—— 白子町史 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
白子町史
『白子町史』は、千葉県白子町の歴史を記した町史である。一ノ荘、五井、驚村、南白亀、観音堂などの地名の由来、源頼朝の駒止橋や御殿山の伝説、宝暦の新川開鑿、驚獅子の雨乞い、田辺万吾や皆川検校の事績、お塚山の伝承を、由来記や家の文書、村誌を引いて記す。地名と伝説を十三の項に分けて述べ、続く第五節には常福寺のらかんまきや白子神社のなぎなどの天然記念物を図とともに載せる。