野尻で争った美濃と信濃の山伏を尾州山伏頭が裁き
どんな伝承か
長野県西筑摩郡福島町板敷野に山伏塚がある。寛文三年四月、美濃山伏と信濃山伏とが野尻で争闘したとき、尾州の山伏頭がその裁決にあたり、信濃山伏の一人に自殺させ、美濃山伏の一人を斬った。この塚は、そのとき死んだ信濃山伏のために建てられた墓であると伝えられている。また三岳村では、これを白川少将の子阿古太丸の塚だとも言い伝えている。西筑摩郡誌に記録されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男・日本放送協会・昭和25年刊)
柳田国男・日本放送協会編『日本伝説名彙』を全650話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。