妙見かくしで拾われた妙見の尊像
どんな伝承か
富津市の青堀駅あたりは、明治の末までスギの大木が茂り、細い道が通じていた。富津農協青堀支所の付近を妙見かくしと呼んだという。土地の昔話では、大堀にはまだ人家がなく、太右衛門と市右衛門の二軒きりであった。ある日、太右衛門が妙見かくしへ草刈りに出ると、草むらで何かがぴかぴかと光っている。近寄って見れば妙見の尊像であった。市右衛門と相談し、ありがたい妙見様だから高い所に祀ろうということになり、君津市人見に妙見様が建てられたと伝わる。
原典より
富津市の青堀駅周辺は、明治末期には大きなスギが茂り、細い道が通っていた。—— 房総の年輪 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の年輪
編『房総の年輪』を全93話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。