越前秋生の瓢の柄杓作り
どんな伝承か
杓の和名は古くから比佐古であった。その全部が瓢であったわけではないことは、内宮の延暦の儀式帳に「木杓二十柄、匏二十柄」とあることでも知れ、神宮では特に他と区別するため、自然の比佐古を奈利比佐古と呼んだ。柄杓に柄を刺したのが後世の工夫でないことは「ひたえのひさこ」という語が証明する。柳田が八年前に越前大野郡西谷村秋生の山家から得て来たものは、瓢に竹の柄をすげたものであった。軒に幾つも乾してあった中から、目の前で一つ取り下ろし、側を三分の一ほど切り捨て、無造作に穴をあけて柄をすげてくれたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第4巻』を全822話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。