吉野高原の惟喬親王御所跡と桂氏系譜
どんな伝承か
吉野郡川上村大字高原の住民が、自ら信じ、また人に信じさせようとしている旧記がある。「吉野名勝誌」によれば、高原には今も惟喬親王の御所跡と称する一地がある。井光の伊藤某氏の家には、その由来を記した「桂上田両家起立系譜」という文書があり、聖武帝の臣に船手大臣という者があって木地を司る元祖となり、その裔が近江国君ヶ畑の在家に養子となって後に木地師の司に任じられたとある。惟喬親王は吉野に入り住まわれた後、君ヶ畑に赴いて九年留まり、のち再び高原に還られ、桂将監が供をしたという。また一通の文書には、親王は貞観九年八月九日に吉野の井氏の宅へ移り、井氏の女を召して御子があり高胤といい、後に井氏を嗣いで吉野の首長となったとある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第4巻』を全822話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。