中山部落・小ノ氏の元祖銀太郎兄弟
どんな伝承か
越後東蒲原には、いわゆる高倉天皇陵の伝承がある。「温故之栞」には天皇が世の乱れを厭い、伊豆守仲綱以下の武士を案内として小川荘上条谷に来て留まったと記し、この地で神隠れて御遺骸を葬ったと伝えるのが中山の御廟山だという。今では地方の学者の意見に従い、高倉天皇は高倉宮の誤りということで一致している。その中山部落にある十三戸の小ノ氏の本家は珍しい旧家で、元祖の銀太郎・銀次郎の兄弟が路を開いたと称し、その名で呼ばれている山もある。いわゆる小野の猿丸太夫と何か関係がありそうなのに、今では最近の解説と妥協して、以仁王の従臣の子孫だという者があると、そうでもあろうかと思っているようだと柳田は記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第4巻』を全822話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。