金色に光る千葉の青蓮と千葉寺の起こり
どんな伝承か
行基が東国をめぐっていたとき、池田の郷を通りかかると、池の中に一本の茎に二つの花をつけた車輪ほどもある青い蓮が金色に輝いており、その中に小さな観音像があった。行基はこれを拝み、自ら刻んだ丈六の仏像の眉間に納めた。この話を聞いた聖武天皇は、同じ地のしめじが原(観音塚)に堂を建てるよう命じた。これが千葉寺の前身で、永暦元年に雷火で焼けて今の場所へ移ったという。千葉寺という寺の名も、この千葉の青蓮にちなむと伝えられる。
原典より
行基はこれを拝み、自分で刻んだ丈六の仏像の眉間に納めた。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。