忠頼誕生に湧いた産湯の泉
どんな伝承か
猪鼻山の北のふもと、登り口の三叉路にある泉は、延長八年に平良文の子の忠頼が生まれたとき、たちまち湧き出して産湯に使われたので生湯水と呼ばれた。のちには湧花水とも書かれ、千葉家は代々この水を産湯にして一門の繁栄を願ったという。泉のかたわらには子安観音や不動尊、庚申塔、道祖神が祀られている。千葉神社の八月の祭りには、七五三の子どもがまずここに参ってから神社へ向かったといい、妊婦のいる家ではこの水を持ち帰って餅や赤飯をこしらえ、安産と家の幸せを祈った。
原典より
猪鼻山北麓の登り口の三叉路にあるこの泉は、延長八年、平良文の子である忠頼が生れた時、忽ち湧き出し産湯の水としたので生湯水の名がある。—— 千葉市の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
千葉市の伝説(平野馨)
『千葉市の伝説』は、平野馨が千葉市内に伝わる伝説をまとめた文章である。日本武尊と弟橘媛、行基、千葉氏の祖と天女、源頼朝、徳川家康・家光にまつわる話を中心に、神社仏閣・塚・泉・池・橋・地名の由来や、千葉笑い・雨降かっこなどの行事の起こりを集める。四十三の短い項を古代から近世へおおむね時代の順に並べ、多くの見出しに町名を添え、ところどころに別伝や発掘調査の結果を書き添える。