望月様
どんな伝承か
天正三年、長篠の戦で甲州軍が敗れ、武田の部将望月右近太夫は園村、いまの北設楽郡東栄町へ逃げ込んだ。倒れ込むように民家へたどり着いて食物を乞うと、家の老婆は大豆を煎って食べさせたが、落人を捕えても殺しても褒美が出るという触れを思い出して悪心を起こし、信濃への道と偽って近くの山道へ迷い込ませ、村人と語らって討とうとした。右近太夫は天命と悟り、このような時代のことゆえ恨みはしない、ただ故郷信州から吹く風の当たる所へ埋めてくれと言い残して腹を切った。村人は言葉を聞き流し、刀や鎧や金を奪ってその場に埋めたが、その後不幸が続いたため、信州風の吹く今の場所へ埋め直したという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・昭和三十六年(1961)刊)
尾張・三河(愛知県)に伝わる伝説を山/海/水/給水・雨乞/地蔵・観音/石・岩/城跡・屋敷跡/塚・墓/地名/動物・変化/植物/祟り・怨霊/山人・巨人/社寺/その他の15章に分類して集成する。尾張富士の背くらべ、女人禁制の山、河童・狐狸の変化、雨乞いの淵、戦死者の塚や落人伝説、社寺の縁起や地名の由来など、愛知の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地名つきで網羅する。