境塚
どんな伝承か
むかし北設楽郡の名倉村と上津具村は境界がはっきりせず、たびたび争いが起きていた。そこで両村の村人が話し合い、名倉からは牛を、上津具からは馬を夜明けに引き出し、出会った場所を村境にすることに決めた。名倉の村人は朝早くから牛の尻を叩いて急がせたが、上津具側は寝過ごして馬を出すのが昼近くになった。そのため名倉の人々があと戻りして円山の北麓の小川のほとりで両者は出会い、そこが村境と定まった。今もその小川のそばに境塚が残っている。同様の話は東栄町の園村(足込と別所)や本郷町(三ッ瀬と奈根)にも伝わっている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
愛知県伝説集(福田祥男・昭和三十六年(1961)刊)
尾張・三河(愛知県)に伝わる伝説を山/海/水/給水・雨乞/地蔵・観音/石・岩/城跡・屋敷跡/塚・墓/地名/動物・変化/植物/祟り・怨霊/山人・巨人/社寺/その他の15章に分類して集成する。尾張富士の背くらべ、女人禁制の山、河童・狐狸の変化、雨乞いの淵、戦死者の塚や落人伝説、社寺の縁起や地名の由来など、愛知の地に根ざした怪異・霊験・由来譚を地名つきで網羅する。