平家が開いた長嶺の水田と平家丘
どんな伝承か
長嶺にはウィニシマ(上島)とサンシマ(下島)があり、そのまわりには水田が広がる。この一帯の田は平家の強い指導のもとに開かれたと語られ、ここの稲は香りがよく味も良く、硫黄が島の御所へ納められたという。平家丘は自然の高台だが、裾を掘りくぼめ、出た土を上へ運んで展望台を高くしたと伝わる。その折、駆り出された島人が着物の裾で土を運んだとも言われるが、原典の記し手は、自ら衣を作り竹にも恵まれた島民が竹笊も手籠も持たなかったはずはないとして退けている。長嶺一帯は平家の隠れ里だったのではないかとされ、交通の要にあたる平家丘には、七城・小野津・伊実久・伊砂・坂嶺・大朝戸などから俚道が通じていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第15巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第15巻』所収の「文化叙事伝説」「自然説明伝説」全185話(奄美・沖縄=南西諸島)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。